2002-10/28 Subject: 【 Publicity 】
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「Publicity」(パブリシティー) 編集人:竹山 徹朗
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Subject: 【 Publicity 】 433 :
911テロから1年〜ニューヨークからのメール
(その1)
【投稿紹介】
ちぃと遅くなったが、911テロから1年を期して。先日開催
されたセントラルパークでの「Not in Our Name」という反戦
集会について、以下のようなメールをニューヨーク在住の読者
からいただいた。
集会の当日、ステージ上では「警察の推計では約4万人がここ
に集まっているそうです!」というアナウンスもあった(集会
終盤のアナウンスでは「約3万人」でした)のですが、なぜか
主流メディアの報道はどれも「thousands」つまり「数千人」
。インディメディアでもかなり控えめの「2万人」となってい
ました。
(サノマキさん)
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ということで、集会の様子は
http://home.earthlink.net/~makisano/
で観られる。webサイト作りに慣れないなか、苦心して作ら
れたそうだ。
▼サノさんからは、この集会の一か月前に行われた反戦集会の
様子も送っていただいたので、貴重なオンタイムの記録として
、次回紹介しよう。
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Subject: 【 Publicity 】 434 :
911テロから1年〜ニューヨークからのメール
(その2)
サノさんのメールは、9月11日前後のアメリカで流れている
反戦の空気−−アメリカの世論は好戦一色ではない、というひ
とつのかたち−−を感じさせるものだ。
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竹山さま
ご参考まで、セントラルパークでの反戦集会の約1か月前、9.11
一周年の反戦集会に参加したときのレポートも送らせていただ
きます(もし既に送り済みでしたらすみません)。
私は記者ではないのであくまでも自分の目にうつったもの、耳
に入ったもの、心に感じたことしか書けませんが、メディアが
信用できないいま、こんな私の言葉でも黙っているよりは発し
ておいた方が良いのでは、と思って、友人たちにメールしたも
のです。
Maki Sano
▼先日の9月11日は同時多発テロからちょうど1年、という
ことで、ニューヨーク中が、いや全米が、独特の緊張感に包ま
れていたようですね。
ここニューヨークや首都ワシントンDCでは、一周年を機に新た
なテロが起こるのではないかとの情報が流れ、前日には国家安
全保障局の発表する警戒レベルが黄色からオレンジに引き上げ
られました(ちなみにオレンジは全5段階中赤に次いで2番目
に危険な状態。「非常にテロ攻撃の危険が高い」ことを示しま
す)が、幸い心配されていたような事は何も起こらず、私も家
人も2匹の猫もまったく無事でした。
友人たちもほとんどは普通に会社に行って、いつも通りに過ご
したようです。もちろん、それぞれに「あの日」の思い出とそ
の後の世界に対する複雑な思いを抱えつつ、ですが…。
▼当日の朝グラウンド・ゼロで行われた大規模な追悼セレモニ
ーには、遺族のほかブッシュ大統領や小泉さんはじめ世界各国
の首脳が集まりました。テレビやラジオでも大々的に放送され
たので、きっと皆さんもご覧になったことでしょう。
でも、同じ頃、グラウンド・ゼロからわずか数km北のユニオン
・スクエア公園で、「テロとの戦い」にかこつけた新たな軍事
介入に反対する集会が開かれていたことは、残念ながらほとん
どメディアで取り上げられませんでした。
ましてや、前日の夜にワシントン・スクエア公園で開かれた徹
夜の追悼・平和集会が、警察の介入で途中解散を余儀なくされ
たことなどは、私の知る限りインターネット上のごくごくマイ
ナーなメディアでしか報道されませんでした。で、今日は、そ
の両方にたまたま足を運んでいた者として、レポートさせてい
ただきたいと思います。
▼私が自転車でワシントンスクエアの
「All-Night Candlelight VIGIL(徹夜のキャンドルライト追
悼集会)」に着いたのは9月10日の夜10時頃。
すでに縁日のような賑わいで(後ほど読んだニュースでは2,000
人の人出だったとか)、フォークソングを歌う若者、チラシや
旗を配る人、キャンドルを手にただ抱き合う人々、黒装束に身
を包んだ未亡人のグループ、キャンバスに絵やメッセージを書
く人、コーランを読みあげるイスラム指導者、弦楽奏を奏でる
ミニ・オーケストラ、メッセージTシャツを売る人、癒し系マ
ッサージのボランティア、民族舞踊を踊る人々、牛乳パックで
作った灯籠を配る日本人ボランティア、お経をあげる袈裟姿の
お坊さんたち、そしてその他大勢の、何らかのかたちで追悼の
意を表したくてやって来た人々でごった返していました。
ほどなくして到着したマーティン・ルーサー・キングJr牧師の
息子(キリスト教の指導者らしい)がスピーチを終える頃には
、TVクルーや警官隊も目立つようになり、公園内の熱気はピ
ークに達していました。
▼けれども、私がもっとも興味をひかれたのは、イラクほか「
悪の枢軸」と名指しされた国々や、アフガニスタン、フィリピ
ン、パレスチナなど9.11をきっかけに(主にアメリカによって
)戦火にさらされた国の人々へ送る、寄せ書きキャンバスのコ
ーナーでした。
日頃ニュースや新聞で発表される統計では、誰がどう見たって
アメリカ人のほとんどが一連の対テロ戦争を支持しているよう
に見えますが、たとえばイラクの人々に送るキャンバスに書か
れていたメッセージの多くは、「アメリカ=ブッシュじゃない
!」「イラク攻撃を反対している人が大勢いることを知ってほ
しい」といったメッセージであり、アフガニスタンへ送るキャ
ンバスには、胸がつまるほどたくさんの「アイ・アム・ソーリ
ー」「私たちを許して」というメッセージが書かれていました
。
私はふと、去年の9月、同じこのワシントン・スクエア公園で
、でかでかと書かれた「戦争をお見舞いしてやれ!」というメ
ッセージに我慢がならず、「ダメ!もう1人も死んではいけな
い!」と書き添えたことを思い出し、「ああ、1年経ったんだ
なあ」「1年、かかるんだなあ」と、時の流れを感じたのでし
た。アメリカも、アメリカ人も、ゆっくりと変わりつつあるの
でしょう。
▼とはいえ、この夜ワシントン・スクエアに集まった人々は、
アメリカ全体から見ればやっぱり、絶対的にマイノリティなの
でしょうね。私は深夜12時頃にその場を離れましたが、朝7時
まで続くはずだったこの平和集会は、その後まもなく警察の介
入で強制解散となり、最後まで太鼓を叩いていた若い女性は逮
捕されたそうです。
▼さて、明けて9月11日。万一の事態に備えたグッズ一式(パ
スポート、現金、マスク、ゴーグル、懐中電灯、万能ツールな
ど)をバックパックに詰め込み、寝不足の目をこすりつつ徒歩
でユニオン・スクエア公園へ。
昨日のワシントン・スクエアではやじうまでしたが、今日の「New
Yorkers Say No to War/MOURNING
(戦争にNOと言うニューヨーカーの追悼集会)」では私も参加
者です。
事前にインターネットで入手した情報によると、1機めのハイ
ジャック機がWTCに衝突した朝8時46分からWTCが崩落した10時29
分までの約2時間、公園の一角で静かに目をつむって横たわり
、同時多発テロとその後の対テロ戦争で命を失ったすべての人
々に思いを馳せる、というもの。言葉を発さない代わり、全員
が「9.11.01 New Yorkers Say No to War」と書かれたTシャ
ツを着用します(結局400枚刷ったTシャツでは足りなくて、
同じデザインのステッカーを貼り付けて参加した人も多数いま
した)。
▼昨夜のワシントン・スクエアの集会で逮捕者が出たこともあ
って、主催者グループはとにかく10時29分まで警察に介入され
ることなく進行できるよう、「8時46分になったらすぐにその
場で横になって」「黙とう中は静かに」「道路にはみ出ないよ
うに」「この一角以外で横になるなと言われているので、場所
がなかったら近くのベンチに座って」などといろいろ気を遣っ
ていたようです。
そしていよいよ8時46分。できるだけたくさんの人が横たわれ
るよう、お隣りさんとくっつくようにして仰向けになります。
視界にはあの日と同じ、しみ入るように青い空。Wホテルの屋
上で半旗になった星条旗がはためいています。
ゆっくりと目を閉じると、周囲からかすかな息の音。数km先の
グラウンド・ゼロでも国をあげての追悼が始まっていましたが
、私は、あそこではなくここに居られて良かった、と感じてい
ました。
「ゴッド・ブレス・アメリカ」も「アメリカ・ビューティフル
」も聞こえてこない、行き交う車と、会社や学校へ急ぐ人々の
足音と、仲間たちの息の音だけが聞こえるこの場所こそ、同時
多発テロの犠牲者たち、空爆で命を落としたアフガン人、自爆
テロの巻き添えになったイスラエル人、戦車で踏みつぶされた
パレスチナ人、大量窒息死させられたタリバン兵、その他すべ
ての犠牲者に思いを馳せ、これからのことを考えるのにふさわ
しい場所に思えました。
固くて冷たいコンクリート・タイルの上での約2時間、いろい
ろな思いが頭をよぎりました(情けなや、メインテーマは「ト
イレ行っとくんだった…」です)が、その時感じた、9.11から
1年めのこの日、この時間に、いるべき場所にいられた充足感
はその後もずっと続いていて、これからの自分に新たな勇気を
与えてくれたような気がします。翌日、私は1人でニューヨー
ク市のゴミ問題対策委員会のミーティングに出かけて行きまし
た。
Peace, Always.
Maki
ワシントン・スクエアでの追悼・平和集会とその後(英語)
http://www.peacefultomorrows.org/pressreleases/index.shtml
http://www.nyc.indymedia.org/front.php3?article_id=31595&group=webcast
ユニオン・スクエアでの追悼・反戦集会(英語)
http://www.nysaynotowar.org/modules.php?op=modload&name=PostCalendar&file=in
dex&type=view&eid=103
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