公開講座 「ニューヨークでエスペラントを学ぶ・使う・交流する」
公開講座「ニューヨークでエスペラントを学ぶ・使う・交流する」
日時:2001年10月21日(月)午後2時
場所:河辺市民センター
主催:西多摩エスペラント会
NYエスペラント会所属Maki Sano(日本大会参加のため一時帰国)が、NYのE活動などについて語った。
30分ほどの短い発表のはずだったが、参加者との盛んなやりとりで気が付くと2時間に。
以下はその要約。
*文中「E」「エス」は「エスペラント」を指す。
話題は3つ:
1)NYエス会の活動紹介
2)なぜアメリカ人がEを?
3)今回のテロ事件を通じて
1)NYエス会の活動紹介
正式名称:Esperanta Societo de Novjorko、略してESNY
ウェブ :http://www.geocities.com/esperanto_nyc
会員数 :60数名。非会員のエスペランチストも含めると、NY市周辺のE人口は100人前後か。
人種構成:生粋のアメリカ人(アメリカ生まれのアメリカ人)の他には
ユダヤ系のヨーロッパ移民が目立つが、コロンビアや中国からの移民、
英語をほとんど話せないロシア人、日系ペルー人など種々雑多でいかにもNY的。
年齢層 :幼稚園児から80代の老人まで。平均年齢は40代半ばあたりか。
会長 :Thomas Eccardt氏(イタリア系アメリカ人)
言語学者を目指す40代後半のコンピュータプログラマ−。
活動範囲:手製のマンハッタン地図ポスターを使って、NYのE的名所案内をしながらE活動を紹介した。
以下参照。
NYに行ったらぜひ訪れたい、マンハッタンのE的名所
ESPERANTO-SOCIETO DE NOVJORKO
c/o UEA 777 UN Plaza (1 Avenue)
国連ビルの向かいにある、UEANY支部兼NYエス会本部。
Eやエス会に関する問い合わせ対応、外国からの訪問者の世話などを行う。
UFT (UNITED FEDERATIONS OF TEACHERS)
260 Park Avenue South (20th & 21st St)
NYエス会の公式月例会会場。9〜5月の毎月第3金曜夕方6時半〜。
Eを一般に紹介するオープンハウスも年に数度開かれる。
SONY PLAZA
Atrium, Madison Avenue (55th & 56th St)
「ソニープラザ」のパブリックスペースで開かれる非公式月例会。
コーヒーを飲みながらおしゃべり。9〜5月の毎月第1日曜昼1時〜。
K MART
770 Broadway (8th St)
庶民派デパート「Kマート」のカフェテリアでおしゃべり。
私のesperantadoは専らここで。隔週水曜夕方6時半〜。
STUYVESANT ADULT EDUCATION CENTER
345 East 15th St (1st Avenue)
廃校になった公立高校の校舎を利用している生涯学習センター。
NYエス会会長のThomas Eccardt氏が、春、秋、冬に
全7回のE入門クラス(無料)を教えている。私もここでEを覚えた。
ESPERANTO RESTAURANT
145 Avenue C (9th St)
イーストビレッジにある「エスペラント」という名のレストラン。
中南米料理がなかなかで客層もお洒落。地元の雑誌にも紹介されている。
2000年度のザメンホフ祭はここで祝った。
ESPERANTO CAFE
114 MacDougal St (3rd & Bleecker St)
ウエストビレッジにある「エスペラント」という名のカフェ。
コーヒー1杯で何時間でもねばれて、しかも24時間オープンのため
ちょっとした集まりや待ち合わせに重宝。
NEW YORK IS BOOK COUNTRY
Stuyvesant Flea Market, 18 St & 1 Avenue
毎年5月と9月に行われるストリートフェア。
NYエス会の有志がE広報や書籍販売のためブース出店する。
CENTRAL PARK(セントラルパーク)
RIVERSIDE PARK(リバーサイドパーク)
FORT TRYON PARK(フォートトライオンパーク)
BRYANT PARK(ブライアントパーク)
SOUTH STREET SEAPORT(サウスストリートシーポート)
マンハッタンを代表する公園たち。例会やクラスが休みになる夏の間は、
あちこちの公園で開かれる無料コンサートや野外映画上映会などをサカナに集まる。
2)なぜアメリカ人がEを?
西多摩エス会サーノさんからのかねてよりの質問にお答え。
世界最強の言語、英語をしゃべるアメリカ人がなぜわざわざEを学ぶのか?
最初は私も不思議だったが、NYエス会に入って数ヶ月、アメリカ人がEと関わっていくパターンが徐々に見えてきた。
・「言語学的興味から入って、やってみたら思想に惚れこんだ」
NYエス会のメンバーは、クロスワードパズルやクイズなど言葉ゲームの好きな人が多い。通常アメリカ人は高校卒業までに最低1〜2つの外国語を学ぶが、それと同じ感覚でEをかじったところ他言語よりはるかに合理的でパズルゲームにも似たE文法に快感をおぼえ、さらに勉強を続けるうちザメンホフの生き様や平和思想に触れ、とりこに。
‥‥生粋のアメリカ人の場合、このようなパターンが多いようだ。
・思想重視の移民組
私を含む移民組はもう少し思想寄り。我々移民は他国で生まれ、人生の途中でアメリカに渡って、言語的・文化的に様々な苦労をしてきた。
英語がしゃべれないばかりに嫌な思いをし、時には露骨な差別も受けた。
どんなに仲の良いアメリカ人としゃべっていても、いつも相手は母国語、こちらは外国語。いつも相手が優位。しかしEならほぼ対等にしゃべれる。
エテルナコメンツァントの私の場合、Eよりも英語の方が簡単に話せるが、それでも肩の力を抜いてよりリラックスしてしゃべれるのはEの方。
やはり相手と同じ目線に立てるからだろう。
エスペラント的NY
またEの場合、単に「対等の立場でしゃべる」を超えて、相手と共同で一つの作品を作り上げていくような一体感が心地よい。
複数の異なるものが一つところで混じり合い、力を合わせて一つの世界を紡いでいく。
そのコラボレーション感は、NYライフ、NYの街そのものだ。
世界各地からあらゆるタイプの人間が集まるここは、まるで世界の縮図。
ニューヨーカーは(少なくとも意識の高いニューヨーカーは)思っている。
NYは世界の明日を映す鏡、人類の未来を占う実験都市であると。
NYが実現できることは、きっと全人類に実現可能なことだと。
だからこそ、未来的言語であるEを実験都市NYで使うことには、他にはない意味があるような気がしてならない。
3)今回のテロ事件を通じて
貿易センタービルの爆破倒壊で、NYは多大な犠牲を払った。
幸いNYエス会のメンバーからは死者も負傷者も出なかったが、同僚や友人知人をなくした人は何人かいた。
これも実験都市NYに課せられたチャレンジであると、
世界が我々のやることに人類の未来を見ていると、私は感じている。
私を含め多くのニューヨーカーが「では自分に何ができるのか」という問題に直面した。誰もが人の役に立ちたくて、
現状を少しでも改善したくて、マンハッタン中を甲斐なく走り回った。
私自身、献血のために病院を何軒もまわって断られ、行方不明者探しのホットラインにボランティアを申し出て断られ、報復反対署名のウェブサイトに和訳とE訳を申し出て断られ、結局できたのは、わずかながらの献金と、友人知人にメールを送ることだけ。
医者でも、消防士でも、資産家でも政治家でもないこんな自分に
一体何ができるのか?事態を良くすることなんて何もできないのでは?
事件から一週間。TVでは連日ブッシュがジハードさながらの「正義の闘い」を訴え、拠り所を失ってさまよう人々の心をすごい勢いで束ねつつあった。
「もう一人も死んではいけない。テロリストでさえ。」
そんなふうに考える自分の方が、ひょっとしたらおかしいのでは?
無力感に打ちひしがれ、自分の足元さえ揺らぎ始めていたとき、思い切って貿易センタービルの倒壊現場を訪れてみた。
哀しい光景だった。しかしそこに怒りの空気はなかった。
すぐそこで今も瓦礫の下に埋まっている、おびただしい数の人々。
彼らが最後に想いをはせたのは、テロリストのことでも、祖国アメリカのことでもなく、おそらく愛する妻、夫、子供、親、兄弟、恋人のことだったろう。彼らの最後の想い、
幾千もの"I love you"が、煙に溶けて周囲を漂っていた。
彼らは決して「自分の仇を討ってくれ」などと言っていなかった。
私の迷いは消えた。何の技能もないが、私には私のやるべきことがある。
それが何か分からなくたっていい。やろうと思ったことから始めよう。
ERAJ(日本のエスペラント・インターネット愛好会)をはじめ、世界各地のゲアミーコイに数日ごとにメールを送り続けたところ、心ある人々が反応を示してくれ、各々の持ち場で声を拡げてくれた。
メールのやりとりを冊子にまとめたり、メディアやイベントで紹介してくれた人もいた。
Eとインターネットという、国境を軽々と超える2つの道具が、大きな助けになった。
手製のポスターに貼った1葉の写真。
NYエス会を見学に来たブラジル移民の小学生十数人が写っている。
彼らはクイーンズ地区にある教会の日曜学校でEを習っている。
驚いたことに先生はE歴3か月。3か月で人に教えられるEの簡単さにも感心するが、本職はエンジニアだというその若いボランティア先生のセリフにはもっと感心させられた。
「ブラジル移民のこの子たちに、同じブラジル移民である自分が何をしてやれるだろうと考えたとき、NYという国際都市にふさわしい世界的視野を与えてやることこそ自分のすべきことだと思った。3カ月前にEを知ったとき、これだと思った。」
テロ事件からほぼ1か月、アメリカはアフガニスタン空爆を開始した。
世界から憎しみと殺し合いをなくすことは、限りなく不可能に近いことかもしれない。それでも、これからのNYを造っていくこの子たちが、この年齢からEを学んでいることに、私は希望を持ちたいと思う。
以上。
PS
河辺市民センターまでお運びくださった方々へ。
話下手のため、当日は脱線したり話が途切れたりでうまく語れずすみませんでした。上記のラポルトがあの時の話の補足となることを願っています。
(NYエスペラント会所属Maki Sanoさん、まとめ por 2001年10月21日河辺市民センター)