(1999,1998,1997,1996年分)


N-ro325 (NOVEMBRO 1999)より

”講習生(現在 会員)・自己紹介”de S-ro山本.

    Nun 超国際人 aperis al nia TEG,ですわ。

  
 C^u vere mi estas Japano?

     僕,ほんとに日本人?


初めまして,山本敏次郎と申します。1936年7/1,韓国Seoulのうまれです。
ひょんなことから,この初級クラス講座に参加することになりました。
前回紹介のs-ino近藤のお誘いにウカウカと・・・でも楽しい勉強です。

 1959年卒業後,教師・総合商社・複写機メーカへと,variaj職種を経験し,1996年定年退職しました。その間,日本にいたのは10年ほどで。

Nenia loko kie mi ne vizitis
行かなかった所 探すの困難に

転勤や出張で,日本全国行ってない県はありません。海外も出張・駐在・遊びと(行ってない国ない? まさか )
ほとんど行きました。大概 (遊び以外は),社費で...丸儲けかな?

しかしそれは,オイルショック,円高に振り回された結果で、ストレスによる胃潰瘍手術で病院にも行きました(まだ天国行ってない)。

Esperanto c^armas, ankau~ Esperantistoj c^armas.

過去の話はさておき、今は Esperanto の魅力に取り憑かれています。今風にいえば,ハマっています。
火曜日が待ち遠しい。
佐野会長をはじめ皆様の落ち着いた,なごやかな,そして的場講師の巧まざるユーモア,c^armaな近藤学友、いうことなし!

 しかし,何という吸収力の低下〜  四当五落を切り抜けたファイトはあるのですが,如何せん,記憶力の方が・・・でも努力します。 Bonvolu gvidi min !


N-ro324 (OKTOBRO 1999)より

Loka Gazeto Prezentis Esperanton Nian !

暮らしの新聞 :10/8の北摂版と阪神版と各1面に大きな写真入りで出ました。

短い文面に世界大会の楽しさから「Esperantoは人類を文化的に開放する」という理念まで入れ込んで、よく要領をまとめて紹介、さすがと、感心しました。

北摂版には、昨年フランスの世界大会 ekskurso の家族写真(NYのMakiも一緒に)が、阪神版には、佐野会長と地球儀の写真がそれぞれ載りました。


講習生(現在 会員)・自己紹介 de S-ino 近藤

青春時代のエスペラントが、今 ekfloras!

Mi estas maldiligenta kursano

 今から50年もむかしのこと。その頃,私は新潟大学病院の看護学生でした。何人かの人達と,医学生であった小林司さん(後に日本Esperanto界を代表する作家の一人)がgvidantでEsperantoを学習していました。
その内容はすっかり忘れていましたが,物資も乏しく,生活環境もまだの頃,青春というキラキラした時代を,確かに生きていたのだなあ,と 懐かしく思い出されます。
その後,小林さんは上京され,私達は就職して,Esperantoとはご緑が薄れました。が...

 Esperanta Tajdo nun c^e Ni/エスペラントの潮が満ちて<る

ここ数年来,元新潟大学エス研仲間の音信復活。小林さんからも 毎年 年賀のお便りで。
 またドイツFrankfurt在住の友人、真壁さんからは世界Esperanto大会開催地よりのお便りで,「あなたも!」と学習の誘いを受けました。′

 今年一月、30年来の看護婦としての仕事を全うし,退職を機に,4月から elementa kurso に寄せていただき,S−ro的場から tre afable,学習指導を受けています。50年前に抱いた思いと同じ心で....。

 しわも 白髪も ボンコツ悩みも 何のその,新潟時代の続きでもあるかのように,すっかり,はまっております。
 
  Sed ho,mi estas maldiligenta kursanino.

五月から福祉・ボランティア・国際交浣の勉強もしています。...ja,ankau~ tre interese.
Mi ankau~ dankas al la personoj de TEG.


N-ro323 (SEPTEMBRO 1999)より

       Pag^o por Komencantoj・・・・初心者のページ  

☆”林間学校からの収穫” de S-ro Sano
 9/10-13神戸青年センターでのEsperanto Friska Lernejo。私はセミナーを二つ(詩の朗読/s-ro峰、狂言/s-ro島谷)を取り、翌日は学習クラスの"Tendaraj tagoj"を受講。例会の学習に取り入れたい教材の豊富があった。以下、事例を。

☆ 詩の朗読〜息切れしないでやれる"表現読み"
「222 simplaj versajoj por komencantoj」をテクストに。4行詩や8行詩が大部分なので、「表現読み」訓練をやるにも息切れせず、ちょうどいい。名詞を動詞の後ろに持ってくる間隔が、俳句によくでてくる体言止めの感覚とよく似ていることに気付く。
・・・8/17のTEG例会でやった数字のEsperantoリズム読み練習「そ-れ un' du tri !」などとよく似た詩がいくつも出てきたのには、驚いた。

   
"Tendaraj Tagoj"(テントの日々)=生活会話読本
夏休みキャンプ生活を始めた子供達と先生と、時に顔出しする熊さんとの物語。マンガ絵がスペースの半分を占める。おかげで、ストーリー展開を見失って脱落することがないし、状況誤読のまま進む恐れも少ない。突っ込みたい人には、下段に練習問題が付いている(そう、LUKとどこか似た構成である、もっとふざけているが)。

 S-ro津田(芦屋エス会)の指導で、生徒同士で質問して受答えリレー、これはいい刺激になる。先生だけが絶えず頑張ってると生徒は眠るからねえ・・・
 各国の地図が次々と出てくる。スイスやオランダの地名の、現地読みとエスペラント読みとの比較が、自然に覚えられる。体の部分や服装の部品の名前など、絵で直接(訳さずに)指示して覚える。外国の食品など、日訳するとかえって意味不明になるものも多いから、絵で疑似体験する方がいい。楽しく、国際的教養がつけられる実感がある。
 ヨーロッパ版なので、LUKのように日本語の説明が付いてないから、先生の負担がかなり大きいが、国際教科書というものはこれが本来の姿であろう。


    ☆豊中エス会例会1999.9.14から
    Raportoj el Azia Esperanta Kongreso1999./ de SANO,H

さてアジア大会、暑かったですねえ。亜熱帯のベトナム・ハノイでは、9月から雨期で、8月下旬は一年で最も暑い時期でした。こんな時にアジア大会やるなんて、非常識だと、暑さに弱い私は批判的です。
 大会場の外へ出ると、ホーチミン廟周辺だけは広々としてきれいです。町は清潔ではないのに、蚊や蠅がいない。ひょっとしたら殺虫剤をごそっと?
 どこを歩いてもすぐ物売りと物乞いがまとわりついて来る。店には値札が付いてなく、外人には平気で倍以上ふっかける。お釣りは要求しない限り、返さない。一般の日本人には余り向かないが、私のsam-c^ambrano(2人部屋です)になった名古屋のEsperantistoだけは例外で「値切るのが楽しい!」と大喜び。

   大会運営には、ベトナム政府がよくも悪くも深く介入していました。
★開会式演説の主要な部分を、政府の役人(非エスペラント講演)が占領した。
☆ハノイ大学の女子大生十数人が 3ヶ月エスペラント速習受けて、アルバイターさんとして受付や相談係り、ekskursoガイドなどをやった(多分政府のカネ)。・・・ベトナム娘は目がくるっとした美人揃いで、私達外人は(Esperantoが下手であっても)大喜び。

★post-Kongresoを引き受けたベトナム交通社は、ガイドが英語しか話さず、それを美人アルバイターが拙いEsperanto訳するから、遺跡めぐりではしばしば要領を得ず。おまけに次の日の訪問先を尋ねても、ガイドは、わからない、と。おかげでハノイ滞在中には、毎日faxで伸子さんと連絡していたのに、ダナン・フエに出てから音信途絶に。

☆Korespondantoj(文通友達)との接触:
 中国福建省の89才のじいさんと逢いました。残念ながら彼自身はエス会話能力なし。
収穫:私がおみやげに持って行った堀さんの新著 "Raportoj el Japanio-2"を付添いの湖南省の若者が、めざとく「この本、中国訳を出したい、ご許可を」と。そこで会場で堀さんを見付けて、ok取りました。\(^。^)/
 もう一人、南ベトナム・サイゴンの女医さん。彼女もあまり会話力ないが、それでも中日のZamenhof植樹祭(これが炎天下でして、ほとんど死なんばかり)には一緒に参加した。

☆アジア人は共通して会話力低いが、それでも話す意欲は日本人より高く、感心。

☆フランスなまりのEsperantoには参った。Japanoをジャパノーはまだわかるが、墓場(tonbejo)をトンベジョーと云われて、最初は見当つかなかった。

☆物価は日本の1/10、平均給与は1/20という。ホテルの食事は高いが、町へ出れば、20〜40円相当で腹いっぱいです。  ・・・お菓子、細工物、扇子、紙幣など → 実物をどうぞ。
(Lampiro1999.9月号付録)


N-ro. 313(novembro 1998)より

Nun Hejm-Pag^o ek-prosperas
  ホームページは花開く予感・・・
吹田エスペラント会が主催した、11/3メイシアタ−ホール文化講演会、TEGからも6名参加しました。
二つの講演のうち、2番目は向後千春さん(富山大助教授)のインタネット話、滅茶苦茶・面白かった。
 松田洋子さんが司会、質問多過ぎて遂に打切り。向後さんの個人ホームページには、右上にトレードマークの「眼鏡猫」が、いつも笑って入っている。
「手紙より速く、国境も簡単に越えて、情報が飛んで行きます。ただですから書きたい放題ですね」  
  でも いいたいこと何もない人は・・・?
「見るだけでも結構、面白いです」インタネットの「公開日記」のサンプルを。
「見せるための日記」が登場しています。向後さんの日記でさえ(ご免!)、100人ほどの固定読者がついてしまったとか。
・・・読ませる競争が自然に形成されて、すぐ世話好きが人気投票を組織する。すると、日本10位までの9人が女性とか。

 企業や大学の教室などがホームページを開くのは判る。でも個人はpor kio? ・・・
(金が稼げるわけではない)世の中に発言するのが、楽しいからでしょうね。必ず仲間が見つかりますから。
千里の道も遠しとせずに(ha ha,動くわけじゃなし)。
 「貧乏な文化団体や、少数派の主義者でも維持できる、現代の城です」。それって、エスペラント運動のこと? ん、まあ。

N-ro. 310(augusto 1998)より

Kiel estis la UK'98 ?
  UK98〜どうでした?
 世界大会へフランス行き、面白かったですか?
 楽しかったですか? 有益だったですか? 
−−−
☆フランスならではの喜劇も
Ja, estis Komedioj Francaj, c^u ne ?

パリ5日間の Antau-Kongresツアー参加、はちょっとした試練でした。周りは皆エスペラント人ですから、気楽な観光の旅は望めない、とは覚悟してたけど、聞きしにまさるフランスEsperantistoたちガイドの難解な発音!
「ウフボ パヒーゾ」はurbo Parizo, 集合時間は「クバハ オーホ」kvara horo. とか,字で書いたら何のこともない簡単な指示にも、聞けば判らず最初は呆然。三日経つと、大分慣れましたが。

パリ→モンペリエ移動は、日本の新幹線に競うTGVで4時間半(似た様なものです)。降りたモンペリエ駅で、大会場を通行人に尋ねたがエスペラントも英語も通じない。
地図を持ち出して行先を指さして「シルブープレ!」(=mi petas)でやっとたどり着く。日本でよくやる「案内矢じるし」の貼り紙のようなサービス精神は少ない。

大会テーマは「地中海文明の架け橋」で、演説も半日観光もその線にそって構成されており、さすが手慣れた観光大国である。EU統合を間近に控えて,EU公用語への運動も動いているが、私たちアジア人にはその糸口はあまりよく判らなかった。
迷子用の「フランス語/エスペ30語句集」は、もっぱらレストランの注文で役立った。
分科会では、主催者が欧州人の碁kunsidoに出たところ、大阪エス会の竹花さんが碁石や碁盤を持ってきて世話をしてるのに驚いた。Koreanoの初段と対戦できてよかった。

連日の半日観光ekskursoでは、ゴール人遺跡とローマ建築物と絵画芸術の連続で、まさに西欧教養番組シリーズ、です。Mia familio では画家のMakiには素晴らしいようだが私にはもう飽和で、暑熱の中を歩くのがだんだん苦痛になってきます。

 観光バスで乗り合わせる外人とのエス会話は、最初は負担だが慣れるにしたがって楽しみになってきます。「Pont'd'Avinjon」の歌もそれで覚えたしね。
最後の日に同席した若いポーランド兄妹は、こちらより少しエスペラントがつたなく(この程度が一番快適?)とても可愛くて こりゃ楽しかった。

★Raportas Maki el NY.,pri Esperanto-kurso
佐野まき のNYレポート

Makiがニューヨークで、中級Esperanto講習に参加しました。昨年Tomas先生から初級講座を受け、中断していたので。電子メールで様子を伝えてきました・・・

☆雨にもまけず、よい友が
Malgrau Pluvego, Aperis interesemaj Kursanoj.

 2/23(月)6:30PM、場所はマンハッタン東15、スタイベサント高校空き教室。
先生はレオナルド、初老の白人男性。本職は英語の先生。どしゃぶりの雨の中、開かれた第1回クラス。 先生以外、6人。
NYエス会の世話人40代の南米系白人男性ジム、遊びに寄ったノルウェー人(アメリカ、カナダ旅行中)20代の青年ヌート。しかし、残り4人は純粋に生徒さん。皆Tomas先生の初級クラスを終了し、さらに勉強したいと・・・

内訳は:40代の黒人女性アンジー、30代の白人女性スーザン、40代の南米系女性マーサ、そして私。皆、女性。 マーサは NYエス会にも出入りしているらしく Esperanto力は皆より数段上。ただし早口な上、発音が自己流で、聞き手が努力しないと意思疎通は困難。 一番語彙力が弱いスーザンは「ちっとぉ、まだ私が理解してないのに 勝手に授業進めないでよっ」(積極性の ノリですね)でカバー。アンジーは理解力はあるが、発音がいい加減。c^iujは「チュィ」。

レオナルド先生、まずはモチベーション(エス学習の動機付け)に こだわる。「多くの生徒が途中でエス学習をやめてしまうのは、モチベーションが しっかりしていないか らだ」
皆に「エス学習の利点を、考えられるだけ挙げよ」と迫る。→ → 平等性、学習が簡 単、旅行で役立つ、世界の友達ができるetc、(私にとっては)旧知の利点が挙がる 。

 クラス後、スーザンとアンジー「モチベーションなんか関係ないよねー! 何か勉強しようか探してた時に、たまたま無料だったからやろかなって思っただけだよね− 私たちは!」と言っていた(多分、おおかたの生徒さんはこんなものだろう。)

 モチベーションの話と ヌートの紹介で 約30分経過。 レオナルド先生「君たちのレベルがどれほどのものか知るために、読み物の読解をやってみよう」と La Neg^bulo なる全6ページの読み物を配る。

 案の定、皆、意味はおろか 発音さえも・・・ urbetoの-etoが何を意味するか、より先に、まずurboの意味が分からない人もいる。さすがに落胆の色を隠せないレオナルド先生。次回からは少しレベルを下げてくれるかな? ・・・と思ったら「次回までに、最初の2ページを 声を出してしっかり読んで、疑問に思ったことを最低20個書き出してきなさい。私の言った通りにやれば、必ず上達する」 だって。と ほほ。

N-ro. 302(Novembro 1997)より

    秋の展示会.絶好の位置で

 BONS^ANCE por EKSPOZICIO

☆秋の公民館文化祭(展示会)→10/17〜19(金土日)。.位置=2階入口、来客最高! 他のグループに比べても異色の目立つ展示でした。

☆国際交流センター展示:10/25・26(土日) 公民館の展示を、縮小規模で

Pag^o por Komencantoj・・・・初心者のページ
★問:Kiel efikis TEG Esperanto-ekspozicio?
    公民館エス展示の効果は?
TEG展示の効果は、どうだったでしょうか?
公民館活動の枠を、うまく使い切れたでしょうか?
 ☆答:生きてるエスペラントを見せる

Unue、Ni Montru Vivantan Esperanton al Popolo.
◎世界大会は、やはり売り物です。今回は、特に砂漠紀行(antau-Kongreso)が絵になりました。アボリ人の写真は「まだ絶滅していなかったのですか?」などの質問を呼び起こしました(オーストラリアで人間として認められたのは、実際上、第2次大戦後!)。

他にも「オーストラリアなら、英語で大会やるのでしょうね?」「毎年、大会あるんですか?」・・・これは、よい啓蒙のチャンスになりました。
☆11月初頭の、エスペラント講習へ直接結びつけることの難しさ。
来場者でせっかく、講習参加しましょうと云ってくれた人も来ず・・・
★個人的出品物に依存し過ぎていなかったか?
そうですがそれしか見せ物がないので。

○「国際語?」Esperantoの解説は大変ですが、今年は、JEI(日本エスペラント学会)の新パンフが出たおかげで、希望者に無料配布(TEG負担)ができ、とても楽になりました。

○来訪者への短時間で云えるキーワードが欲しい。今回は、先月号LAMPIROのセリフ:
@エスペラントは「公正な」国際関係を作る国際語です。
Aエスペラントは 英語学習よりも10倍はやさしい(学習時間1/10)ですよ。
 というのを、多用しました(Sano)。